インドネシアはイスラム教の影響を強く受けている国で、生活や信仰に多くの原則があります。その中でも最も特別なのは、インドネシアのイスラム教徒が行う「ラマダン」という断食月です。
あまり知られていないラマダンに関する興味深いこと
ラマダンは太陽暦のカレンダーではない
ラマダンは太陽暦では毎年同じ時期ではありません。アラブ人はイスラム暦(ヒジュラ暦)という独自の太陰暦を使用しており、ラマダン月はイスラム暦の9番目の月の始まりである新月の時に始まります。イスラム暦の1年は暦年よりも約11日ずつ早くなっていくため、毎年ラマダン月は太陽暦で考えると、11日ずつ日程が前倒しになる計算です。
ラマダンは1ヶ月間の断食ではない
ラマダンは、まさに夜明けから日没までの断食を行う月です。食べる量は減りますが、だからといってムスリムの活動量が減るわけではありません。それどころか、お祭りや精神的な活動が多い月でもあります。友人たちも、日が暮れるとよく訪れて一緒に食事をします。
裕福な家庭では、エネルギー源となる様々な食べ物を大量に用意するなど、盛大なパーティーを開催します。食べた後は、みんなで夜遅くまで楽しみます。午前2時から3時頃になると、太鼓を叩いて町を練り歩く人たちは大きな声で「スフール」と呼ばれる断食期間の夜明け前の食事をして新たな一日の断食をするように人々を目覚めさせます。
ラマダン中によく食べられるインドネシア料理は、フルーツチャート(フルーツポンチのように、細かく切った季節のフルーツと果汁をスパイスであえたもの)、ダルカレー(豆のスープカレー)とロティ(クレープ状の無発酵パン)、パニール(牛乳とレモンだけでのフレッシュチーズ)、セヘリ(スフールともいう夜明け前の食事)などです。
ラマダンの月に断食を免除される者
イスラム教徒にとって、ラマダン月の断食は、忍耐力を鍛え、仲間の信者と苦しみを分かち合うためのものです。ただし、病気の人、子供、旅行中の人、妊娠中の人、授乳中の人など、断食が健康を害する場合はこの規則に従わない例外があります。また、イスラム教を国教として採用していない国に旅行している人は、断食をする必要はありませんが、その後に断食で補うことになります。
ラマダンは体重増加の月
不規則な食事や運動不足に加え、何も食べない一日中で健康を維持するために夜にたくさん食べておくという考えのため、イスラム教徒はラマダン月において急に体重が増えます。
ラマダンはテレビ業界にとってのチャンス
放送局は、イスラム教徒の家族が食事のために夜遅くまで起きていることが多いラマダン月を待って、夜に放送される長期のテレビシリーズを開始することが多いです。
ラマダンは慈善活動の月
ラマダンの伝統では、「ザカート」(喜捨)という概念も強調されています。これは、慈善活動や施し、あるいはゴミの清掃などの実用的な活動の形で行われる、困っている人を助けるボランティア活動です。これらはすべてイスラム教徒に義務付けられています。お金持ちはよく、貧しい人たちにお茶や砂糖、油、米などの基本的な食料袋を与えます。
ラマダン期間中の毎日の午後、モスクは庭園や広い歩道で無料の食事を配り、各地の貧しい人々を迎え入れます。午後5時頃になると、貧しい人々は自分の子供を連れてこれらの集会に参加し、非常に整然とした態度でテーブルに座ります。モスクからスピーカーの音が鳴り響き、「アッラーのほかに神はない、ムハンマドはその使徒である」(La Elaha Illa-Allah, Mohammadan Rasul-Allah)という祈りを読み上げた後、人々は飲食を始めます。
メッカへの大巡礼
最後の儀式は、サウジアラビアの聖地メッカへの巡礼である「ハッジ」です。世界最大級の巡礼であり、成人したイスラム教徒であれば一生に一度は行わなければならない宗教的な義務です。この巡礼は、唯一神アッラーへの敬意を示すもので、ヒジュラ歴(イスラム歴)第12月に行われます。
※聖地メッカについて
メッカ(正式名はマッカ・アル=ムカッラマ(مكة المكرمة Makkah al-Mukarramah 「栄光あるマッカ」))は、サウジアラビアにあり、紅海沿岸のジェッダ港から約70kmのシャド山系に位置しています。古代都市メッカは、イスラム世界の精神的な首都です。
この都市は、イブラヒムとその息子イスマイルが、毎年多くの巡礼者が訪れるイスラム教の中心地である「カーバ神殿」を建設したことから、地球上で最初に礼拝された場所となりました。
ラマダンは最も幸せな時間
イスラム教徒にとって、断食月であるラマダンは最も幸せな月とされているため、「断食の終わりの祭り」という意味のイード・アル=フィトルでラマダン月を終了にします。イード・アル=フィトル祭りの期間中、人々は最高の服を着て、家を美しく飾り、友人に会いに行きます。その雰囲気はまるでテトのようです。イード・アル・フィトルでは、寛大さと感謝の気持ちが大切な要素となります。
インドネシアのラマダン月には、イスラム教徒に共通する特徴を持っていると言えます。これは、インドネシアの宗教文化の美しさとも言えるでしょう。
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